・北京オリンピック・バスケットボールに「NBA」のコービー・ブライアント出場か?〜アメリカ・バスケットボール・チームのオリンピックでの戦跡。
オリンピックのバスケットボール競技の歴史は1936年のドイツ・ベルリン・オリンピックから開始された。
そして1972年のドイツ・ミュンヘン・オリンピック。
バスケットボール、アメリカ対旧ソ連。
アメリカ50点、ソ連の49点で試合終了のホイッスルが一旦吹かれる。
しかし、どうしたことか審判の裁定により残り3秒までタイムを戻してのリプレイとなる。
この裁定に猛抗議をするアメリカ・チーム。
しかし認められずにソ連ボールとして再開。
浮き足立つアメリカ・チームは残り3秒ということもあり油断もあったのでしょう。
何と、ソ連チームにゴールを許してしてしまい、アメリカは51−50の大逆転負けを喫する。
この判定を不服としたアメリカ・チームは、表彰式の出場と銀メダルの受取を拒否しました。
1936年より連続して金メダルを獲得してきたアメリカの連勝記録に終止符がうたれることになった。
アメリカは国内で「NBA」という協力なバスケットボール・リーグを有しているために、その後のオリンピックは連覇を続ける。
しかし、1988年韓国・ソウル・オリンピックで、まさかの旧ユーゴスラビアに敗退、3位に終わる。
金メダルは、旧ソ連。
この大会を契機にプロである「NBA」の参加が認められる。
1992年のスペイン・バルセロナ・オリンピックでは、マジック・ジョンソン率いる「NBA」ドリーム・チームは圧倒的な強さをみせて金メダルを獲得。
このときのアメリカ・チームには、マイケル・ジョンソン、ラリー・バード、カール・マローン、チャールズ・バークレー等々、「NBA」のスーパースター・チームであった。
現在でも史上最強のチームではないかといわれている。
アメリカのバスケットボールの牙城は崩れないだろうと思われていた。
しかし、2000年のギリシャ・アテネ・オリンピックでは、給料も出ないオリンピックに「NBA」のトップ・プレイヤーは出場したがらず、準決勝でアルゼンチン(優勝)にあえなく敗退。
3位に終わる。
アメリカは、北京オリンピックで雪辱を果たすことが出来るだろうか?
コービー・ビーン・ブライアント(Kobe Bean Bryant)、1978年8月23日フィラデルフィア生まれ。
「NBA」ロサンゼルス・レイカーズに所属。ポジションはシューティングガード。
「NBA」現役屈指のスーパースターである。
有名となったエピソードですが、コービー(Kobe)の名前の由来は、父親が来日して食べた「神戸牛」が余りにおいしかったので、感激して生まれてきた子供の名前に付けた。
コービー・ブライアント
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